三遠南信にこの人あり!!

電車道

電車道市電を描きながら、
過去・現在・未来を見つめ続ける…

伊奈 彦定/画家

 以前、豊橋を訪れた時「市電」をモチーフに描いた1枚の絵に出会った。しっとりと、やさしく穏やかな世界さりげない日常の風景の中でゴットンゴットン行き交うちんちん電車がそこに息づく人々の暮らしとともに描かれていたこの絵を描いたのは、豊橋市在住の画家・伊奈彦定氏。市電を愛し、これまで路面電車をモチーフに千枚以上もの絵を描き続けてきたという。彼のとよはし市電への想いとは…

「焼け野原の中に、悠然と走る市電の姿が忘れられない…」  

 豊橋市民が「市電」という愛称で親しんでいる路面電車は、「豊橋鉄道市内線」のこと。豊橋駅前から市役所前を通り、赤岩口や運動公園前までの5.3km区間を行き来する、まさに豊橋の中心地を滑走する電車だ。誕生は大正14年(1925年)。以来、戦前・戦中・戦後・そして現在まで75年の時間を走り続けている。そんな「市電」と伊奈さんが出会ったのは、小学生の頃。東京に生まれ育った伊奈さんだったが、昭和17年(1942年)激しい戦火から逃れ豊橋の地へ移った。伊奈さん7歳の時だった。 

 「小学生以前から絵を描くのが好きでねえ。鉄道に興味があったから、目白に住んでいた頃は、いつも山手線の行き交う様子を眺めていたよ。それが、豊橋へ移ると聞いて子供心にショックだった。もう電車が見られなくなる…ってね」。

 ところが、豊橋駅に降り立った途端、彦定少年の瞳は輝いた。目の前に路面電車が悠々と走る姿が飛び込んできたからだ。 

  「市電が、おじいちゃんと、お嫁さんと、
子供が共通の話題にできる!」

  「人間を描きたいと思うと、どうしても市電が
なくてはならないものになる」。  

  「車窓風景は、人それぞれの心に深く残っているはず」

  「同窓会電車」や「国際交流電車」など
路面電車のイベントは魅力的

  「第4回路面電車サミット'99inとよはし」の成功

  21世紀の街づくりは、歩行者と路面電車が共存する空間  

――― と、続きます。

 

伊奈 彦定/(画家・とよはし市電を愛する会副会長)

1935年東京に生まれる。1942年戦争のため豊橋市に転居。
1957年愛知学芸大学(愛知教育大学)美術科デザイン専攻卒業。同年教職に就く。
青年教師時代から「教育と文化の創造」をモットーに教職と美術活動の両立を全うし、1995年定年退職。
1963年美鈴画廊、1975年紅の木画廊、1991年豊橋市民文化会館、1995年豊橋市美術博物館にてグラフィックデザイン個展を開催。
主としてポスター、カレンダー、イラストなどで公共デザインへの協力をライフワークとする。
1987年伊奈彦定画集第1集〔豊橋いま・むかし市電のある風景〕刊行、1994年豊橋市文化振興賞受賞、1996年伊奈彦定画集第2集〔豊橋今昔市電のある風景/設楽残像なつかしの田口線〕刊行。
2000年豊橋文化賞受賞。愛知教育大学非常勤講師。
デザイングループ「創」代表、豊橋交響楽団副理事長、路面電車サミット'99inとよはし実行委員長。とよはし市電を愛する会副会長。

イラスト=伊奈彦定
取材・文=水島加寿代


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